何のために働いているのだろうか
カエルを食べてしまえ!
「私は何のために働いているのだろうか」−人が繰り返し自問し、考えることである。− p.46
ブライアン・トレーシー曰く、”「私は何のために働いているのだろうか」−人が繰り返し自問し、考えることである。ほとんどの人が確信をもてないでいるが、何のために働き、何のために雇われているのかはっきりわからなければ、全力を尽くし、めざましい昇給や昇格を得るのは難しい。
簡単に言えば、一定の「結果」を出すために雇われているのだ。給料は一定の質と量の仕事に支払われ、その仕事はほかの人たちの仕事と結びついて、顧客が進んでお金を払う製品やサービスを作り出しているのだ”
サラリーマンは一定の質と量の仕事に対して、サラリーが支払われます。そして多くの方は、その会社が向かっているサービスや製品もしくは給料に対して疑問を持つ時、自分が何のために働いているのかに疑問を持ち始めるのでしょうか。
私の知り合いで、自分の奥さんに子供が出来て車がどうしても必要になった人がいました。しかし、その会社に勤めていては車が買えないという結論に至り、会社を辞めました。そして、彼は新たな会社を求め転職の道へと進みました。
その人に対して、どうしても言いたかったのですが結局言えなかったことをここに記します。
”何故働くことに対して疑問を持つときに、疑問をその会社のサービス・製品・給料に対して向けるのですか?その疑問は、何故社長と従業員という会社の構造そのものに向けないのですか?”
答えは今の教育制度では、社長と従業員の重大な欠陥を教えていないからです。日本では、従業員になることが美徳とされています。大会社に就職することが、この上ない成功として人の脳裏に刷り込まれています。確かに大会社の従業員には、一生安泰という福利厚生が付くと思います。さらに、国民全員が皆社長になると志しては従業員が育たなくなってします。でも、この教育制度のおかげで確実に有能な方も従業員に甘んじている方々も多く見られます。
かく言う私も、世に言うサラリーマンです。つい最近まで上のような疑問は一切持ったこともなく、一流企業を目指すことを美徳として受け入れておりました。しかし、本を読めば読むほどに会社構造の欠陥を思い知らされました。今の日本の教育では一切触れることの無かった核心的な欠陥が多くの自己啓発所の中で記されております。一言では、欠陥を書ききれませんので時間をかけて企業構造が持つ欠点をお伝えしたいと思います。
そして、何よりも皆様に一冊でも多くの本を読まれることをお勧めいたします。
”
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